スッポンについては2011.02.19に一度書いている。もう10年以上前のことだ。
https://www.tajima.or.jp/nature/animal/119090/
その後も何回かスッポンを見かけたが、昨年は大型のものを捕獲することができ、初めて野生のスッポンを食することができた。それまで養殖のスッポンしか食べたことは無く、それもほんの数回である。前回の記事の中でいつか食べたいと書いていたが、昨年ようやく実現したということだ。
その時にちょっと気づいたことがあった。それは「月とスッポン」のいわれについてである。毎年1回、豊岡市広報に生き物についてのコラムを書く機会を頂いている。それは写真付きでとてもありがたいことなのであるが、モノクロ写真という制限があるため、美しいキノコや変形菌を書いてもちっとも見栄えがしなくてもったいなく、うっかりすると残念なコラムになってしまう。キノコや粘菌で美しさを色で表現できないとなると、なかなか厳しいものがあり、何とかならないものかと考えていたところ、ちょうど中秋の名月の時期でもありこのスッポンネタに思い至った。
実体験からの月とスッポンのいわれに納得したことについての証拠写真であれば、モノクロであっても十分に説得力があるのではないかと思ったのである。自己評価で恐縮であるが、それなりにうまくいったのではないかと思い、市の広報だけではもったいないので情報特急にも使わせていただくこととしたのである。
豊岡市広報9月号掲載写真と文を著者権限で転載させていただく。
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すっぽん
最も身近なカメ
日本人とスッポンは面白い関係にあると思います。スッポン鍋や生き血は精力が付くことで有名であり、スッポンエキス精力剤にお世話になっている人もいるでしょう。食いついたら離れない執念深い人を「スッポンの何某(なにがし)」と呼ぶなど、特別なイメージを持たれている生き物です。昔は身近な存在で重要なたんぱく源であったのでしょう。生身のスッポンとは疎遠になってしまいましたが、現代においても彼らは色々な形で我々の日常生活の中に息づいています。
「月とスッポン」の意味
月とスッポンということわざがあります。一見すると似ているが実は全く別物である例えに使われます。しかし、月とスッポンは一見も似ていないのではないかという違和感を私は持っていました。
昨年、大型のスッポンを捕獲して分かったのですが、丸く白い腹部は所々透けたように暗灰色に見え、それは満月を十分に連想させるものだったのです。昔の日本人は、スッポンを食肉に捌くときに、この満月と格闘していたのでしょう。一見同じように見えるという意味がよく理解できました。
豊岡市では普通に生息
市内にスッポンは多くはありませんが普通に生息しています。兵庫県レッドリストでは要調査種。水系・魚種により漁業権が設定されているので捕獲許可等が必要な場合があります。
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正確に計測していないが、甲幅約30cmクラスだと思う。
こちらは包丁人でもないし、道具も良くない、捌くのには非常に苦労したが何とか食肉とすることができ、家族5人で十分に味わえる分量が確保できた。
実は先日、昨年捕獲した場所で、おそらく35cmを優に超えるであろうスッポンを目撃している。
設置したカニかごを引き上げようと近づいたときに、かごの周りから遠ざかる所を目撃したのだ。
大きすぎてカニかごに入ることが困難ではないかと思われる大きさであった。
日本の内陸性爬虫類ではおそらく最大級だろう。