アミクビナガホコリ
アミクビナガホコリは、クビナガホコリの変種である。 クビナガホコリの学名「Clastoderma debaryanum」に、変種を表す「var. imperatorium」が付いている。
「imperatorium(インペラトリウム)」という言葉について調べてみると、これはラテン語で「皇帝の」「支配者の」、あるいは「司令官の」という意味を持つようだ。学名にこの言葉が使われる場合、その生物が持つ「威厳のある姿」や「最高位の美しさ」を象徴したり、同属の中でも特に際立って立派であることを示したりするために用いられるのが一般的であるとのことだ。
学名をローマ字読みすると「エンペラー」を連想する。エンペラーといえば、私などはラストエンペラー、すなわち「皇帝」を思い出してしまうのだが、日本においてそれは「天皇」を指すのだろうか。「天皇」と「皇帝」は、その由来や役割に大きな違いがあるものの、英語ではどちらも「Emperor(エンペラー)」と訳される。ラテン語が用いられる学名においても、天皇を表すとすれば imperatorium ということになる。
写真:生物顕微鏡対物レンズ2.5倍をデジタル接眼で撮影した画像。
つまり、このアミクビナガホコリは、天皇を想定して命名されている可能性があるわけだ。変形菌に興味のある方ならご存じの通り、昭和天皇は有名な変形菌(粘菌)の研究者であらせられた。 『日本変形菌誌』(山本幸憲、日本変形菌誌製作委員会、2021)を確認すると、やはり「変種名語源ラテン語 imperatorius(昭和天皇,1901‐1989)」と記載されていた。果たして imperatorium は、昭和天皇を表していたのである。
昭和天皇と同時代を生きた「知の巨人」、南方熊楠という偉人がいる。彼もまた変形菌の研究者であった。 昭和天皇も生物学、特に変形菌の研究に非常に熱心であられ、昭和初期に戦艦「長門」の艦上で、南方熊楠から粘菌の講義を受けたという有名な逸話がある。「熊楠、昭和天皇へのご進講」である。
5写真:生物顕微鏡対物レンズ10倍をデジタル接眼で撮影した画像。
1929年(昭和4年)6月1日、お召し艦「長門」の艦上で、熊楠は昭和天皇へ粘菌についてのご進講を行った。その際、キャラメルの空き箱に粘菌の標本(110点)を入れて献上したという。ご進講は当初25分間の予定であったが、天皇の強い関心により5分以上時間が延長されたと伝わる。この時の様子は、多くの記録や創作物で紹介されている通りだ。
6写真:生物顕微鏡対物レンズ40倍をデジタル接眼で撮影した画像。
昭和天皇は1920~30年代、皇居内や那須御用邸などで熱心に変形菌の調査研究をされており、1928年(昭和3年)には皇居内(吹上御所)でこのアミクビナガホコリを採集されている。 この標本を変形菌学者の江本義数(1892-1979)が調査し、1931年に「アミクビナガホコリ」という和名とともに新変種として発表した。すなわち、天皇(Emperor)が発見されたため、var. imperatorium という変種名が献名されたのである。
7写真:生物顕微鏡対物レンズ40倍をデジタル接眼で撮影した画像。
昭和天皇はこの他にも、ミカドホネホコリやオオギミヌカホコリなどの新種や新変種を発見されている。アミクビナガホコリを発表した江本義数は、『日本変形菌原色図譜』(1977)の著者としても知られる昭和の偉大な変形菌学者である。昭和天皇の周辺にこのような強力な専門家が存在したことは大きいが、何より陛下ご自身の変形菌に対する情熱があればこその発見であることに間違いはない。皇室が日本の変形菌学の進展へ多大な貢献を果たしてきたことが伺い知れる。
アミクビナガホコリ、クビナガホコリの変種、天皇のクビナガホコリ
子実体は単子嚢体型、群生。有柄で高さ1~1.5㎜。子嚢は褐色、球形で直径0.1~0.2㎜。子嚢壁は早落性だが、一部は細毛体の先端に付着した壁小板として残存する。壁小板に網状紋がある。柄は長く、下半部に残留物を含み、上部は半透明で褐色。ふつう途中に光沢のある球状の膨らみがある。軸柱はないか短い。細毛体は褐色、軸柱または子嚢底から出て分岐し、時には連絡する。胞子は細かい疣型、ときに角張り、直径8~10µm程度。春から秋に腐木上に稀に発生、主に湿室培養で得られる。
『日本変形菌誌』では、クビナガホコリとアミクビナガホコリの違いについて、アミクビナガホコリの方に「壁小板に網状紋がある」と追記されているだけのように読める。 私の数少ない標本からの観察ではあるが、クビナガホコリは子嚢壁が脱落しやすく、細毛体の先端に壁小板がほとんど見られない。対してアミクビナガホコリは子嚢壁が残存しやすく、一部が細毛体の先端に網状紋を有する壁小板として残りやすいのが特徴であるように思う。 光を当てると網状紋を持つ壁小板が美しく輝くさまは、まさに imperatorium、「威厳のある姿」「堂々とした様子」と言えるかもしれない。一部にはこの変種を認めないとする見解もあるようだが、十分に変種として扱ってよいと私は考える。
写真上:サラナシアミホコリとアミクビナガホコリの混在する様子。高さ3㎜程度のサラナシアミホコリが巨大に見える。
なお、クビナガホコリについては2020年9月に報告している。
https://www.tajima.or.jp/nature/161934/
当時は変形菌についての知識も少なく、掲載写真も含めてお粗末な報告であったが、今回は多少なりとも、基本種であるクビナガホコリの報告の補足にもなればと思う。


























