「お走りさん」の愛称で広く親しまれている、但馬に春を告げるお祭り
(左)養父神社出発前(右)いざ出発 前後6人左右4人計10人で提げます
養父神社を発した約150キロもある「みこし」が集落を練り歩きながら20キロ離れた養父市長野の斉神社にお参り、建屋で一泊して翌日養父神社に帰参します。
(左)川に流されないよう必死の渡御 (右)行程画像クリックで拡大します
「ハットー、ヨウゴザルカ」の掛け声をかけながら巡るスケールの大きさ、胸まで浸かり大屋川を渡る「川渡御」の勇壮果敢な姿は見る者を深い感動で包み込み、大きな拍手が沸き起こりました
動画 養父神社出発前境内練り込み
動画 大屋川渡御 こじょう橋上から撮影
お走りまつりの伝説(但馬辞典より)
神代の昔、円山川下流地域は泥海で、人々は狩猟採集の生活をしていた。
但馬五社(出石、粟鹿、絹巻、小田井、養父)の神様が集まられ、何とかこの地が豊かな農地にならないかと相談された結果、斎神社に坐す彦狭知命の優れた土木技術にお願いすることに決まり、その名代として養父明神が鮭の大王の背に乗り、円山川から大屋川、建屋川と遡り、チッキリ渕からお願いされると、彦狭知命は快く引き受けられ、早速川を下られ、河口の瀬戸を切り開くと泥海はたちまち引いて、肥沃なる平地が姿を現した。
その後、実りの秋を迎え喜ばれた五社の神様は、秋の収穫の終わった旧暦師走の上旬、未のひより申の日にかけてお礼参りされるのが、お走り祭りの始まりと伝えられています。