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スミスムラサキホコリ

ムラサキホコリ目 ムラサキホコリ科 ムラサキホコリ属                      Stemonitis axifera var. smithii (T. Macbr.) Hagelst.  Smith紫埃

前回まで3回に渡り、子実体の高さが2~5mm程度で肉眼では見分けが難しい、コムラサキホコリ属の仲間(ハダカコムラサキホコリ、コムラサキホコリ、チャコムラサキホコリ)を紹介してきた。この周辺には他にも外貌が酷似したものが多く、ムラサキホコリ属にも存在している。同定の難しさは重々承知の上ではあるが、この際できる限り紹介しておこうと考え、今回はスミスムラサキホコリを取り上げることにした。
本種については、専門家に同定していただいた標本も一つ手元にあるため、まったく見当外れなものばかりを見ている訳ではない。

スミスムラサキホコリは、単子嚢体型で、小群となって束生し、有柄、高さ2.5~6㎜。子嚢は円筒形で、先端と基部は細くなり、新鮮時は赤褐色から褐色。柄は黒色で光沢があり、子嚢体高の2/5~1/2を占める。軸柱はほぼ黒色で、先端部では褐色となり、上方へ漸細して、子嚢先端からやや離れた位置で細毛体へ移行する。表面網は繊細で、網目は小さく規則的な多角形となる。胞子は直径4~5µmで、細かな疣型。春から秋にかけて腐木上に普通。

写真:ムラサキホコリ属らしく、ほぼ完全な表面網が見える。

名前の通り、スミス氏にちなむムラサキホコリの一種である。特別に際立った魅力的な種というわけではない。すでにここで紹介したサビムラサキホコリの変種である。

サビムラサキホコリ


基本種であるサビムラサキホコリと同様の特徴を持つが、子嚢体や胞子がより小型である点が変種である理由。

Stemonitis axifera var. smithii (T. Macbr.) Hagelst. という学名を、構成要素ごとに分解すると、概ね以下のような意味になる。
属名:Stemonitis
ギリシャ語の「stēmon(糸、雄しべ)」に由来する。ムラサキホコリ属に特徴的な、細い柄と糸状・毛髪状の胞子嚢が群生する姿を「糸」に見立てた名称である。
種小名:axifera
ラテン語の「axis(軸)」と「-fera(持つ、運ぶ)」に由来し、「軸を持つもの」という意味になる。柄から胞子嚢内部へ真っ直ぐ伸びる中心柱(軸柱)が明瞭であることを示している。
変種小名:var. smithii
「var.」はラテン語 varietas(変種)の略。基本種である Stemonitis axifera(サビムラサキホコリ)に比べ、胞子嚢が小型であるなどの差異が認められるので、独立種ではなく変種として扱われている。
「smithii」は人名 Smith をラテン語化した献名で、「スミス氏の」という意味。和名の「スミスムラサキホコリ」もここから来ている。このスミス氏とはアメリカの菌学者 Charles L. Smith を指し、彼は本菌のタイプ標本を中米ニカラグアで採取し、原記載者マクブライドに提供した。

命名者(オーサーサイト):(T. Macbr.) Hagelst.
これは本菌の分類史を示している。
(T. Macbr.)
アメリカの植物学者・変形菌学者 Thomas Huston Macbrideの略記。彼は1893年、本菌を独立種 Stemonitis smithii として最初に記載した。括弧付きで表記されるのは、後に分類上の位置づけが変更されたことを意味する。つまり前述のスミス氏からタイプ標本の提供を受けた原記載者のマクブライドである。
Hagelst.
アメリカの菌類学者 Robert Hagelstein の略記。彼は1944年、本菌を独立種ではなく S. axifera の変種とみなし、現在の Stemonitis axifera var. smithii に組み替えた。

まとめると、この学名は「ムラサキホコリ属の一種で明瞭な軸柱を持つ一群のうち、スミス氏に献名された一種で、後にヘーゲルシュタインが再分類して変種に組み替えたもの」といったような意味合いが読み取れてくる。
なお、スミスムラサキホコリを独立種とする説もあるようである。確かに子嚢や胞子の大きさには明確な差があり、個人的にはサビムラサキホコリとは別種として扱ってもよいのではないかと思う。変形菌は全般的に、種の境界が曖昧な生物群であるように感じる。

スミスムラサキホコリの一品種に、スミレムラサキホコリというものが存在する。
学名は
Stemonitis axifera var. smithii f. violacea (Meyl.) Y. Yamam.
Y. Yamam. とは、日本が誇る変形菌図鑑の大著『日本変形菌誌』の著者として知られる山本幸憲先生のことである。山本先生が類似種の分類を再検討し、品種(forma)の段階に整理し直したものである。

*写真はスミスムラサキホコリ

Stemonitis(属名):ムラサキホコリ属
axifera(種小名):サビムラサキホコリが基本種
var. smithii(変種名):スミス氏に献名された変種
f. violacea(品種名):「f.」は forma(品種)の略で、変種よりさらに細かな差異、主として色彩やわずかな形態差に基づく分類階級。violacea はラテン語でスミレ色、紫色を帯びたという意味。
(Meyl.) Y. Yamam.(命名者):(Meyl.) はスイスの変形菌学者 Charles Meylan。彼は最初、この個体を別の階級として発表。括弧は最初に名前を付けた人(バシオニム著者)を意味する。Y. Yamam. は日本の世界的変形菌学者、山本幸憲先生。山本先生が Meylan の分類を再検討し、Stemonitis axifera の変種 smithii の、さらに品種 violacea として発表した。

この学名の意味を統合すると、和名の由来が見えてくる。
つまり、「サビムラサキホコリの仲間で、スミス変種に属し、さらにスミレ色を帯びた型として、山本幸憲先生が整理された型」という非常に具体的な情報を、この一行の学名が物語っている。
これほど細かく変種や品種が分けられているのは、それだけ変形菌の形態が多様であり、かつ研究者によって詳細に分析されてきた証拠と言えるだろう。
驚くべきことである。

なお、学名の解釈に間違い・誤解などがありましたら、ご指摘いただきますようお願いします。

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