シロエノカタホコリ裂片型
シロエノカタホコリについては前回紹介した。
本種には、子嚢壁が角張って裂片状になる型がある。「日本変形菌誌」(山本幸憲著、2021)によると、この型には Didymium ilicinum の学名が付けられたものの、「要検討」とされている。
日本変形菌誌のシロエノカタホコリの説明の末尾に、このような型が存在することが記載されている。私などにはそう簡単にはお目にかかれない希少な型なのだろうと思い、ほとんど意識していない対象であった。
ところが、2024年6月、見たこともないカタホコリの仲間らしきものを採取し、専門家にメールで問い合わせてみたところ、それこそが子嚢壁の裂片状になる型であるとの回答がすぐに返ってきて驚いた。シロエノカタホコリ裂片型である。
2024年6月15日に豊岡市目坂で、同じく6月21日に香美町村岡区兎和野高原で、二つのシロエノカタホコリ裂片型の標本を採取した。どちらも柄がほとんど見られず、無柄型と言ってよい。1枚目が兎和野高原、2枚目が目坂で採取したものの写真である。
写真 目坂の標本
検鏡してみると、目坂の標本は胞子径が約10μmで、細かい疣型の胞子に非常に大きく明瞭な暗色の集合部が見られた。
写真 兎和野の標本
一方、兎和野高原の標本は胞子径が9〜10μmで、胞子は同じく細かい疣型であったが、暗色の集合部は目坂ほど明瞭ではなかった。また、細毛体にはしばしば明瞭な膨大部が見られた。
写真 目坂の標本
目坂の標本で見られた胞子の暗色の集合部は、これまで見たこともないほど大きく印象的であった。しかし、この特徴は兎和野高原の標本では確認できなかった。
写真 兎和野の標本
逆に、兎和野高原の標本で目立った細毛体の膨大部は、目坂の標本では見られなかった。
写真 目坂の標本
つまり、二つの標本はシロエノカタホコリとしての基本的な特徴を共有しながら、それぞれ異なる形態的特徴も示していた。一方で、子嚢壁が裂片状になるという特徴だけは共通していたのである。
もともとシロエノカタホコリは変異の幅が広い種である。日本変形菌誌にも、胞子は細かい疣型または刺型で暗色の集合部があり、細毛体にはときに膨大部があると記載されている。今回観察した二つの標本も、その記載の範囲に含まれるさまざまな形態変異を示しているように思われた。
写真 兎和野の標本
こうして考えると、裂片型もシロエノカタホコリに見られる形態変異の一つではないかと思えてくる。もちろん、二つの標本だけから分類学的な結論を出すことはできない。しかし現時点では、私はこの裂片型だけをもって独立した別種と考えることには慎重でありたい。
そこで本稿では、「シロエノカタホコリの形態変異の中に、子嚢壁が裂片状になる一群が存在する」という意味で、シロエノカタホコリ裂片型(Didymium ilicinum 型)として扱うことにしたい。
写真 目坂の標本
独立した別種と考えることには慎重でありたいと考えているが、この裂片型には Didymium ilicinum Ing という学名が与えられていることも事実である。今回も学名の意味も読み解いてみたい。
属名 Didymium(カタホコリ属)
Didymium はギリシャ語の didymos(双子・二重)に由来する属名で、「二重のもの」という意味を持つ。18世紀末にこの属が設立された当時、子嚢壁が石灰質の外層と膜状の内層からなる二重構造と考えられたことに由来する名称である。しかし、その後この属には子嚢壁が明確な二重構造を持たない種も数多く含められるようになり、現在では属名と実際の形態が必ずしも一致しないことが知られている。
種小名 ilicinum
ilicinum はラテン語 ilex(セイヨウヒイラギ、広くモチノキ属 Ilex)に由来する形容詞で、「Ilex に関係する」という意味である。ただし、今回採集した裂片型はヒイラギの葉から発生したものではない。
命名者 Bruce Ing(ブルース・イング)
Bruce Ing(ブルース・イング)は英国の著名な菌類学者、とくに変形菌の研究者である。2020年、従来シロエノカタホコリとして扱われていたもののうち、子嚢壁が角張って裂片状になる型を新種として記載した。Didymium ilicinum Ingを見れば、変形菌研究者なら「これはBruce Ingが記載した種だな」と分かるぐらい著名な変形菌学者である。そのBruce Ingが、2020年に従来シロエノカタホコリとして扱われていたもののうち、子嚢壁が角張って裂片状になる型を Didymium ilicinum として新種として記載したのである。
写真 兎和野の標本
シロエノカタホコリ、子実体は単子嚢体型または稀に屈曲子嚢体型、群生し、有柄またはときに無柄で高さ1.5㎜まで。子嚢はふつう円盤型であるが基部が深いへそ状なので亜球形または球形に見え、白~灰色で子嚢壁は膜質透明、微細な星形結晶に覆われる。柄がある場合は白~黄土色、石灰質で縦溝があり子嚢の高さの2/3程度まで。軸柱は子嚢底が盛り上がり円盤形から半球形で白色。細網体は糸状で無~淡褐色、単純または分岐し、ときに膨大部がある。胞子は細かい疣型または刺型で集合部があり、直径8~11μm。春から秋にリターなどにふつう。本種には子嚢壁が角張って裂片状に型が含まれる。この型にはDidymium ilicinum の学名が付けられた(Ing. 2020)が日本変形菌誌においては要検討となっている。
























