ナバカタホコリ
ナバカタホコリ。変形菌の中の一角を占めているカタホコリ属の仲間は、子嚢壁の表面に星形や角型、プリズム型などの石灰結晶があるのが、大きな特徴の一つかと思う。また、柄はあったりなかったり、細毛体は糸状で非石灰質である。
変形菌らしきものを見つけて、それに柄があって丸い子嚢があり、たくさんの子実体らしきものが並んでいても、モジホコリ類やアミホコリ類など候補はたくさんある。しかし、表面が星形結晶で覆われていて、子嚢の内部に石灰節が見当たらず、糸状の細毛体がもわっとはみ出してきたりしたら、カタホコリ属である可能性が高いと推定できると考えている。
さらに種の同定となるとなかなか難しいのであるが、このナバカタホコリは比較的分かりやすいのではないだろうか。子嚢は円盤型で、しばしば上面はへそ状。そして胞子の径が6~8μm。子嚢が円盤型なのは、ナバカタホコリ以外ではアミエカタホコリぐらいしか見当たらず、こちらは胞子の径が10~11μmであるので紛らわしくない。
ナバカタホコリには、これまで2回出会ったことがある。
初めて出会ったのは、2022年8月2日。いつものフィールドとしている森林公園内の腐木。ナバカタホコリの特徴的な形状を見つけたときはとてもうれしかった。
今回この記事を書くにあたって気が付いたのだが、直径10センチ程度の朽ち木から発生していたのである。ところが、山本幸憲著「日本変形菌誌」(2021年)には、リター、生木樹皮、岩上のコケなどから発生するように記載されており、厳密には腐木からの発生については述べられていない。しかし、リター(植物遺体など)にまみれたような場所だったので、特に矛盾ではないのだろう。
図鑑では、それぞれの種が「主にどこに発生するか(生息基物)」の傾向が簡潔に記載されているわけで、自然界において、それらは厳密な境界線ではなく、環境のグラデーションの中にあるということなのだろう。
2回目に出合ったのは、2024年9月24日、香美町小代区のとある神社のイチョウ。古木の苔むした樹幹に発生していた。
こちらは、生木樹皮の上のコケに発生していたということである。
樹上性変形菌を探すようになり、各地の巨樹、巨木巡りをするようになった。変形菌を探し始めた最初のころは、もっぱら倒木を探していた。次に落ち葉を探すようになった。そして次に、生木樹皮やコンクリート壁などのコケ上である。
生木樹皮は、いわゆる巨木、古木がねらい目である一方、近所の公園や街路樹、神社なども探してみる価値がある。また変形菌は、人間の生活場所、人間が利用していた場所などにも発生する傾向があるようにも思われ、公園のトイレの横などが要注意だったりするのは、よく言われる話である。
そういう意味では、廃村集落なども訪ねてみる価値の高い場所であると思う。
「ナバ」は「茸(きのこ)」を意味する古い方言で、西南日本を中心に広く用いられてきた呼称のようで、子実体の外観がキノコを思わせることから、この名が付けられたものと考えられる。
「ナバ」を漢字で表せば「茸」に当たり、「カタホコリ」は「堅埃」と表記できることから、文字どおりに漢字表記すれば「茸堅埃」となる。
ただし、これは和名として一般に用いられている漢字表記ではなく、和名を構成する語の意味を漢字で示したものである。
学名についても分析してみよう。
1.属名:Didymium(カタホコリ属)
ギリシャ語の「didymos(双子、二重)」に由来する。
2.種小名:clavus
ラテン語で「釘(くぎ)」を意味する。ナバカタホコリの子実体は、暗褐色の柄の上に、上面がへこんだ円盤状の灰白色の子嚢をつける。この横から見たシルエットが、頭の平らな古い釘の形に似ていることから命名されたものと考えられる。和名においては釘(くぎ)は採用されず、「ナバ」となった理由は私にはわからない。
3.命名者(著者引用):(Alb. & Schwein.) Rabenh.
(Alb. & Schwein.):ドイツの菌類学者 Johannes Baptista von Albertini と、アメリカの菌類学者 Lewis David de Schweinitz を示す。彼らが最初にこの種を記載した際の命名者である。
Rabenh.:ドイツの植物学者・菌類学者 Gottlob Ludwig Rabenhorst を示す。彼が後にこの種を Didymium(カタホコリ属)に移したため、最初の命名者がカッコでくくられている。
学名の履歴をまとめてみる。
1805年
基礎異名は、Physarum clavus Alb. & Schwein., 1805。
Albertini と Schweinitz が1805年に記載している。当時は Physarum(モジホコリ属)に分類されていた。
1829年
Fries が、Didymium melanopus var. clavus (Alb. & Schwein.) Fr. とした。カタホコリ属としたのである。
この時点では、現在の独立種 D. clavus ではなく、D. melanopus の変種とみなしていたことになる。
ところが、現在の分類では melanopus という名前の種は独立した種として扱われていない。当時、どのようなものを melanopus と呼んでいたのだろうか。
当時の記録として、それなりの記述はあるようだが、その辺りまで書き出すときりがなくなる。現在の分類で記載されているどの種に相当するものだったのかを、単純に特定するのは難しいようである。
1844年
Rabenhorst が、Didymium clavus (Alb. & Schwein.) Rabenh. という現在の組み合わせを成立させ、現在の学名 Didymium clavus (Alb. & Schwein.) Rabenh. となっている。
したがって、
Physarum clavus
→ Didymium melanopus var. clavus
→ Didymium clavus
という流れが、この種の学名の履歴といえよう。
なかなか一つの変形菌の種の命名についても、数多くの学者がかかわり、歴史がある。驚くべきことである。
また、そのことについてAIに尋ねてみると、いとも簡単に、ネット上に公開されている世界中の情報をそれなりに取りまとめて教えてもらえるのだから、本当にありがたい世の中になったものである。
ナバカタホコリ、子実体は単子嚢体型、群生または散生し、有柄またはまれに無柄で高さ1㎜程度まで。子嚢は円盤型でしばしば上面はへそ状、灰白色で直径0.5~1㎜。子嚢壁は膜質で上部は薄く、星形石灰結晶に覆われ、下部は肥厚し褐色で石灰は少ないかない。柄は暗褐色~黒色。軸柱は子嚢底が盛り上がるのみかない。細毛体は糸状で繊細、無~紫褐色、疎らに分岐する。胞子は細かい疣型で、ときに暗色の疣の集合部があり、直径6~8μm。春から秋にリター、生木樹皮、岩上のコケなどにややふつう。























