前田純孝

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「東の啄木、西の翠渓(純孝の号)」と並び称された明治末期の歌人。幼くして父母の離別という生い立ちや31歳という生涯から、薄幸の歌人といわれる。学生時代から雑誌「明星」や「白百合」で詩や短歌を発表し、華やかに活躍する。晩年は、故郷の新温泉町諸寄で闘病生活を送りながら、死の直前まで歌をつくり続けた。1913年(大正2)、友人や関係者の尽力により「翠渓歌集」が出版された。

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