但馬事典
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三開山城

三開山城跡(みひらきやまじょうせき、豊岡市駄坂)

豊岡盆地中央部東縁の三開山(標高201.6m)にある。三開山は、見開山とも書かれたように、眺望の良い立地で、豊岡盆地を制する戦略的位置を占める。山頂部に二曲輪(くるわ)、尾根にも数曲輪を残す。
一部に野面積みの石垣があり、南北両斜面に18本の堅堀を刻むなど、戦国時代の特徴を表すことから、時代的には1580年(天正8年)、羽柴勢の但馬攻めの時に落城したという地元の伝承を史実として肯定的に見直すこととなった。1337年(建武4年)、新田義貞の子・義宗を迎えて、但馬南朝勢力の拠点化を図ったと伝えるが、史実ではない。頂上には落城時の焦米(こげまい)が出るという。

カテゴリ:遺跡・史跡・古墳