
埋墓と祭墓の俗習
埋墓と祭墓の俗習(うめばかとまつりばかのぞくしゅう、豊岡市竹野町阿金谷)
豊岡市竹野町阿金谷に大昔から伝わる風習で、墓地を散乱させないための先祖の智恵といわれています。

埋墓
屍(しかばね)は、不浄なものとされ、近くの小さな谷に、集落の全戸に区画されており、土葬・骨納めをし、小石を積みます。腐敗、分解がすみやかな土質にあり、30年位で骨まで浄化されている。

祭墓
人間の死後は、肉体と霊魂が分離するとの仏教の教えで、埋墓より見晴らしの良い山手に石碑を建立し、霊(たましい)を手厚く祭ります。

その背景
身近な人間の死に接した時に人は、「死(体)に対する恐怖」と、故人に対する「思慕の念」が入り混じった複雑な感情を持つ。これは人類共通の心の働きであると思える。
人類史上初めて、ネアンデルタール人が死者の埋葬する時に花を「お供え」したとか?
その反面、(歩けないように?)遺体の足の骨を折って埋めるとか、(動けないように)大きな石を遺体に抱かせる、または埋めた穴の上に置くなど、世界各地で似たような死体を恐れた古代の埋葬方法があるらしい。
片方ではかいがいしく供物・花などをお供えし死者を追悼し、片方では生者が死に巻き込まれないように(死の世界に引き込まれないように)に遺体を厳重に遠ざける。この相反する感情を同時に抱きながら人々は最近まで身近な人の「死」と付き合ってきた。
人は「肉体」と「魂」(精神・心・気・・・)で成り立っており、死に至ると「魂」(霊)は肉体より遊離するものと言う認識は、古代から最近までほぼ人類の共通した認識であった。
また、現実的な問題として遺体は放置すれば腐敗する存在。保管設備が未発達な昔、また火葬が普及していなかった昔では、遺体の速やかな処理も重要で有ったと思える。

日本人の生死観
「山中他界説」と言うのがある。
昔の人々は奥深い山々は人間の力が及ぶ世界ではなく、全く異なる力が支配する領域(他界・魔界)と考えていた。
日本民族は基本的には農耕民族であり、農作物の「豊穣」と氏族(家)を中心とした「子孫・一族の繁栄」が最大の関心事であるが、「死」はそれらと全く対立する存在であり、死は恐ろしい存在、穢らわしい存在とも受け取られていた。
遺体を「野辺の送り」で、山麓の墓地に葬り、死者の魂(霊)は徐々にその遺体から遊離し埋葬された周辺をさ迷う。最初の数年は「荒御霊」(あらみたま)として、故人の生前の人格とは無関係に、人に障りをもたらす性格を有し、山中をさ迷い、時に生者を「死の国」(黄泉の国)へと招き入れる程の力を有していたと考えていた。
しかし人々はこの「荒御霊」に対し手をこまねいた訳ではない。年毎に慰霊の祭りを行い、是を繰り返すことによって、「荒御霊」の激しい性格も徐々に穏やかになり、死の持つ穢れも徐々に浄化され、約30年程度の期間を経て、「和御霊」(にぎみたま)へと変ずると考えてきた。
これは仏教が一般化する江戸時代以前の昔から、死者の霊を慰霊する習俗として存在していたものと考えられ、また、30年程度で「和御霊」に変身する事は、33回忌・50回忌が「祀り上げ」(個別の供養が必要なくなる)と考えられることにも関連が有るように思える。(東条英機も50年で和御霊になった?)
激しい性格の「荒御霊」の間はその魂は、埋葬された山麓や山中を漂い、年毎の慰霊で功徳で、その魂は山上の高みへと徐々に居場所を変え、それと共に穢れも浄化され、最終的には山の頂にいたり、一族を見守る祖霊の一団と一体化し、山の神(水を恵んでくれる田の神・祖霊)集団の中に吸収され、山の頂から麓に暮らす子孫の繁栄を助ける存在へと変貌を遂げる。

両墓制
祀(祭)墓と埋墓を区別する両墓制は日本各地で見られ、兵庫県内でも現在でも各所に存在する。
新しい魂を「荒御霊」と考え恐ろしい存在と考える場合、遺体を埋める「埋墓」と慰霊を行う「祀墓」に分ける事は画期的な発明だったのかもしれない。
大概、埋葬地は山すそであり、山中他界に隣接したところに有る。何時「荒御霊」に遭遇するかも分からない。無宗教に近い存在となった我々には珍奇に思えるが、昔の人に取っては切実な問題で、「埋墓」には出来れば近寄る機会を少なくしたいものであったろう。 その「埋墓」で慰霊を行うとなれば、内心オドオドしながら行わねばならない。
そこで「祀墓」という拠り代(よりしろ)をつくり、そこに特定の霊位だけを招きいれ、慰霊を行う方法が生まれ出てきた。これならば、荒御霊からの障りを気にすることなく、安全圏で慰霊に集中することが可能となる。
多分に両墓制の誕生と発展には、昔の人々に「死」に対する恐怖心と、故人に対する追慕の念が入り混じった心理と無関係ではなかったと思える。
火葬が一般化した現在においては、播州地方・丹波地方では、「祀墓」に直接、納骨を行うようになり、「埋墓」の必要性は薄まり、その存在すら忘れられているように見える。
カテゴリ:伝統行事・祭事