先輩紹介

動けるときに飛び込む

訪れた境内にその人を見た。野球のグローブを片手に、たぶん奥さんの手編みと思う帽子を被り。掃き掃除する奥さんと幼い娘さんと。ほのぼのと。
動けるときに飛び込む_1  明石の太寺で小学校時代を過ごし、高校は滋賀県、大学は東京で送った。
 3才ずつ違いの三兄弟の真ん中。高校までは各々違うが、三人とも東京の同じ大学を卒業。

 ご本人は、長・短距離走競技で各地におもむき、好成績をあげられている。お兄さんとお弟さんはカバディ(インドの国技。攻撃側と守備側に分かれて競技する20分ハーフのスポーツ)の日本代表選手・監督・コーチを務められるスポーツマン三兄弟です。

 但馬は、幼い頃、旧香住町にカニを食べに来たくらい。その頃は、自動車道は整備されておらず、冬道はタイヤチェーンを巻き、とっても遠かった思い出だけが残っている。

 それが、ここ新温泉町の天台宗天龍山のお寺に移り住むことに。このお寺の先々代の老僧とおじいさん老僧と懇意にされていたことがご縁。さほど考えることなく決意。平成9年5月のことだった。
 明石・太寺の天台宗のお寺の住職のご両親(今は保育園の園長。ご住職はお兄さんに)の反対も無かった。

 その頃の冬は雪も深く、そんなに雪が積もるとは思ってもみず。その上、老僧の教えは厳しく、合点のいかないこともあり、副住職ながら異を覚えることも。カルチャーショックの日々もあったとか。
 しかし、元来、前向きな性格で、悪い思い出はあまり無い。

 但馬で6年目の平成15年9月。隣県の鳥取から千尋さんを妻として迎え、今は、4才の長男と2才の長女の四人家族。
 子供を持ったこの頃になって、今は住職として、老僧の教えや行いに理解が出来、大事なことを子供や他の人に教え伝えることも役割と思うように。

 檀家は250軒ほどで、ここ湯村内にとどまらない。又、観光客も訪れる。ある程度の忙しさと、寺舎の管理がほど良さそう。

 但馬に来て、気候風土の違いがあり環境に慣れるまで結構かかったが、人間関係が密だから、人の少ない分は木であり山である。
 物流・情報が発達した今、都会も田舎も隔たりは無い。
動けるときに飛び込む_2  田舎暮らしに興味のある方!!『動けるときに動いて飛び込む。』『我慢することも大切』で、それを受け入れる姿勢があるかどうか。



春色の、ほの温かい木もれ陽のある本堂前に腰を落とし、さりげなくも厳有る言葉を聴かせて頂いた。(稲垣和弘 2009.3.11)
動けるときに飛び込む_3 明石市出身 新温泉町湯在住 住職 熊谷さん 36才