先輩紹介

「自然の中」で しろうと農業人

ずっと農業関係の仕事を探していた。農業経験はないが「農業に就きたい」という強い思いがあった。
「自然の中」で しろうと農業人_1  あるJA(農業協同組合)で教えてもらった「兵庫県農業会議」に相談。
 「農業は生易しいものではなく、農業を一から勉強することが必要で、加西市に「県立農業大学校」があるから訪ねてみては」と教えられ、同校の新規就農実践農場研修で農業のノウハウを1年間受講することにした。1998年9月のことだった。

 受講も終わりに近づいた頃、朝来郡朝来町(現朝来市)のさのう高原に「八代茶生産組合」と言うのがあり、「構成員が高齢化し、後継者を求めている」との情報が学校よりもたらされた。とにかくと、現地訪問や地元関係者と話してみた。なんと、組合側は「高齢化ではない」と言う。「一体、どっちなん?」。しかし、若い働き手はいずれにしても必要で入植が決まった。それは2000年の春2月でした。

 最初は、朝来町(現朝来市)の貸し山小屋での生活となった。テレビ・クーラーが無いのはまだしも、作業で汗をかいて帰っても山小屋に風呂が無い。2Kmほど離れた管理棟まで行かねばならなかった。
 しばらく我慢の末、都会人の交流滞在型体験農園施設「クラインガルテン伊由の郷」(25棟トイレ・バス・台所完備)に入れることになった。ロフト付きコテージで、小さな農園(50平方辰曚鼻砲斑鷦崗譴付いている。

 出身の伊丹市には両親と兄夫婦が住んでいる。二人兄弟であるが、朝来市に移住し生活することに誰も反対はしなかった。  

 それから四年ほど後。朝来市立脇に、独身には少し大きいが二階建ての住居を構えた。ガレージとちょっとした庭もある。本格的な移住人・但馬の農業人となる顕れだった。そこでの生活も、もう四年ほどになる。

 「八代茶生産組合」の先輩の面々は60才以上で、親子以上ほどの年齢差である。はじめは恐る恐るの気持ちで指導を受けての作業であった。しかし、みなさん気さくで、とても親切に優しく教えてもらい、いまでは、2ヘクタールほどの茶畑を栽培し、お茶「朝来みどり」を生産。茶摘みは、5月のゴールデンウィーク後の煎茶の頃からにわかに忙しくなる。

 移り住んで間もなく、特産の日本三大名ねぎの一つ「岩津ネギ」の栽培も教わった。ネギの生産者は70才代が中心。同年輩はほんの僅かである。
 固定概念の無い素人だから自由奔放な発想で、栽培を「大規模化」して「ブランド化」し、販路拡大をすることが必要と考え、植え付けから収穫までの作業のほとんどを機械化した。
 機械で苗を植えるためポットでの育苗化・減農薬のため植苗時期を変える取り組みや、ネキリムシとの戦いでは一本一本観察しながらの防除など、根気の要る地道な栽培で収量を増やしている。が、まだまだ発展途上中。
 今は、和田山の農園で働く友人と二人で、安定・増収の農業経営を目指している。「朝来新鮮組」のメンバーに加わり仲間の輪も広げている。ネギは1ヘクタールほど栽培している。
「自然の中」で しろうと農業人_2 「概念にとらわれない素人だからこそ、自由な発想でいろんなことにチャレンジし、吸収出来る」と。(稲垣和弘 2009.2.7)
「自然の中」で しろうと農業人_3 伊丹市出身 朝来市立脇在住 池本さん 31才