先輩紹介

「但馬」とのご縁

生まれも育ちも生駒山系の西麓、ほんの僅かに田園は残るものの都会である。
「但馬」とのご縁_1  大学の求人に但馬・香住の酒造会社があった。元々物づくりは好きで、「醸造」にも興味があった。応募し採用された。但馬とのご縁の始まりである。田舎暮らしに抵抗は無かった。

 両親と兄との四人家族。父は何も云わずに受け入れてくれた、その父は平成10年他界。母が難色を示した。酒造の仕事はきつい。まして、聞いたこともない遠い「但馬」は、きっと未知の世界と写ったことだろう。でも、なんとか理解して貰った。13年前・23才の時であった。

 同期入社は2名。会社が社宅寮を建設し賄い付きで用意してくれた。下働きを4年、5年目のある日、通常では早すぎる責任ある仕事を任された。そして、失敗した。酒造りは理論だけではない勘が要る。お爺ちゃんほど歳の離れた70才ぐらいの杜氏に怒鳴られた。但馬弁で捲し立てられた。何を云われているのかさっぱり分からない。理解が出来ないが失敗は失敗である。分からないままに謝った。今では心の支えになった一コマの思い出である。いつしか月日は流れた今、醸造部部長である。その後、我が社の移住入社は6名をかぞえる。

 就職して6年目、結婚した。大学の時から交際を暖めてきた一つ年下の京田辺市に住む女性。永い遠距離恋愛の末。古民家を購入し、後、建て替えた。今は、3才と5才の娘が可愛い。この可愛い初孫を観に、就職の時反対していた母が遠く離れた地、この但馬まで来てくれる。ありがたいことだ。

 魚釣りが好きで、渓流釣りや波止釣り、時には知人の誘いで船釣りにも行く。漁果はまずまずで、とにかく楽しい。又、但馬は祭りやイベントが多く、家族でよく出掛ける。出掛けることで但馬をより知ることが出来る。そして、ますます但馬を好きに。

 田舎の人は、誰にでも挨拶をする。それが古くから身に付いた習慣である。ある時、挨拶をしなかった。後で、気まずい思いをした。移住者は、地元民の注目の的で、こちらは知らなくてもむこうは知っている。それからは誰にでも挨拶をするようにしている。人付き合いの第一歩と心掛けて。それは職場でも活かされている。
 今後、都会社会・会社社会で人付き合いが嫌いで移住を考えている方、本当の田舎生活をしようと思うなら、良い「人付き合いの出来る」この田舎で、ご一緒に心休まる暮らしをしましょう!!(稲垣和弘 2008.10.15)
「但馬」とのご縁_3 美方郡香美町香住区在住 酒造会社「香住鶴」勤務 松本さん 37才